不安と孤独の日々
息子がまもなく一歳というころ、公立の保育園に入ることができました。
私は、その後相変わらず仕事三昧でした。保育園の送迎も含め、家事もサポートもお願いしたかった。
なので、約10件シッターさんの会社を周り、代表者の方とじっくり話し合い、息子の状態を確認してもらうために自宅にも来ていただきました。
私は毎日不安や心配と戦っていたように思います。
それを払拭してもらえるように、とにかく愛情たっぷりかわいがってくださる方がいいと思い、お婆ちゃまとも言える年代の人にシッターさんをお願いしていました。
おそらくこの頃の私は、”これはあなたのものです”と差し出されたものが、あまりにも大きくて、途方に暮れて、前を向くとか、きっとうまくいくなんて言う事は、1ミリも考えられませんでした。
とてつもない孤独
更に、とても孤独を感じていましたが、それを周りの人誰にも見せることもできできず、毎日気丈に振る舞っていました。
保育園で他の保護者の方に何かを聞かれても、「まあちょっとしたトラブルがあって」とか「目にトラブルがあるの」と、障害という
言葉は口にできませんでした。
余談ですが。子供の状態を障害がある。ときちんと話せるようになるのは、一山超えたといえるのではないかと思います。
仕事の合間には。わずかな情報もかき集め、必死に様々な病院を回りました。
ネットで情報も集めましたが、子供の目の障害というのは案外症例が少なく、どこに相談したらよいのかわからないという事が沢山ありました。
きっと障害を持つお子さんのご両親は、同じような気持ちを感じられたことがあるのではないかと思います。
一筋の希望
その日も夜遅く私は帰宅しました.
子供が大好きなKさんが世話をしてくれており。本人はもう寝ていました。そして、その日に合った出来事をKさんから聞いてていました。
きっと私はその日、いつものように悲しい顔していたんだと思います。
その時に、Kさんから「ねぇ福島さん、同じ1年育ててもなんでこんなことに、と考えて育てても1年。かわいいかわいいと思って育てても1年。あなたはどっちを選ぶのかしら?」
とさらっと言われ、頭を殴られたような気分でした。
「自分のことばかり考えていた」「自分を責めてばかりいた」「自分だけ不幸だと思っていた」「わからない怒りでいっぱいだった」そんなことを気づかせてくれました。
思わず涙があふれ、ひとしきり泣いた後 「そうですね、かわいいと思って育てたいです。」と言いました。
Kさんも薄っすら涙目で「一緒に頑張りましょう」ときっぱり。
そしてそこからようやく少しづつ、心から子供が可愛いと思えるようになりました。
保育園での生活の中で、そこの先生にとても可愛がっていただけたり、本人にお友達ができ始めたことも背中を押してくれました。
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