思いがけない宣告
38歳で結婚し、40歳で第一子を出産、43歳で第二子を出産しました。
第一子は娘、第二子は息子。
娘はとても健康で、明るく、楽しい子でしたので、私自身、年齢は言っていても仕事も普通にしていたし、特に気にすることなく妊娠し、下の子を出産しました。
息子を出産し、3日目、病院の先生から呼び出されました。
「息子さんの目に異常があります。すぐに、子供の眼科のある病院で検査を受けてほしい」「おそらく大変珍しい病気だと思います」とのこと。
私が息子を産んだ病院は、母子別室で、4人部屋でした。
残りの3人は若く(私より少なくとも10歳は年下)子供はすべて健康でした。
その日から私は常にカーテンを閉め、泣いてばかり。
キリスト教の病院と言うこともあり、お祈りを1日に何時間もしたり、自分の願いを手紙に書いたりしました。
そしてこの時、1番支えて欲しい人から一言「一番嫌なところに出たね」と言われ、さらに崖から突き鼻突き落とされたような気分になってしまいました。
退院の日が来ても、不安が募るばかり。
この先の見通し
家に近く新生児眼科のあるところはT大学附属病院だけ。
この頃、何回担当の先生に聞いても「将来はどうなるかわからない」「いつまで見えるかもわからない」「原因もわからない」とわからないことだらけだったのです。
そんな言葉を聞くために何時間も病院の待合室に佇み、目の病気の多くは老人のため、ほとんど老人に囲まれて座っていました。
「こんなに小さいのに」「大丈大丈夫なの」「一体どうしたの?」と隣に座った人から矢継ぎ早に言われ、言葉に窮していると最後に「かわいそうね」ととどめを刺されるのでした。
そんな事は1度や2度ではなかったのです。
原因も現状もはっきりしないまま、8か月くらいの頃、【リーガー奇形】という角膜と交際が癒着している珍しい病気 と病名を告げられました。、
この病気は、・心臓 ・背骨 の合併症を発生することが多いので、先生からそちらの検査も定期的に行うように。と指示されました。
合併症の多くは1歳までの発症ともいわれ、2歳まではどう過ごしたか記憶がないほど、心配と不安 そして悲しみの日々でした。
病院へ行っても、特に薬もなく何か他の治療法を提案されたこともありませんでした。
さらに、この先
こんな時、知り合いから近所に町医者だけど女医さんで、てきぱきしていて良いと言う評判の人を紹介されました。
女医さんなら、私の不安をわかってくれるかも、という淡い期待もありました。
しかし、町医者なので診察室が一つなのは仕方ないかと思ったのですが、そこに仕切りがなかったのです。カーテンがつってあったものの、開いている状態でした。
ですから、1つの部屋に点眼してる人、何かの検査待ちの人、と他の患者さんから丸見えの状態だったのです
。
そこで息子を見た時の先生の一言は「まぁこんな子は見たことがない。あなたもこんなに青い目の子を知らないでしょう?」だった。
当然周りの患者さんは興味津々、というより怖いもの見たさ、というかあからさまな好奇な目で、なんとか息子を見ようとしていた。
そして検査が終わり先生は「私もこれから勉強していくから一緒に頑張りましょう。よろしく」だった。
うちの子はモルモットじゃないと思った。どうしてそんな風に言われないといけないのか、わかりませんでした。
この日から、子供が嫌な思いをする全てのものから、子供を守る、と決めました。
